【大太刀 銘 備州長船倫光貞治五年二月日 附 野太刀拵】
(おおたち めい びしゅうおさふねともみつじょうじごねんにがつひ つけたり のだちごしらえ)


●指定年月日

昭和28年3月31日指定

●所在地

日光市山内

●アクセス方法

 

●公開状況

 

●所有者又は管理者

二荒山神社

●公開画像

●文化財概要

大太刀
銘 備州長船倫光
長さ一二六センチ 反り五・八センチ 元幅四・五センチ 先幅三・六センチ
目くぎ穴一個
銘 表 備州長船倫光 裏 貞治五年二月日 南北朝時代
附 野太刀拵

鎬造、庵棟、身幅広く長大、先反りごころ高く、大鋒、鍛え板目肌つむ、地沸つき、地景入り、乱れ映りが立つ。刃文は互の目下半は表裏とも丁字交り、足.葉しきりに入り、匂口締りごころに小沸がつく。帽子乱れ込み僅かに掃きかけ、尖って強く返る。表棒樋下に倶利迦羅、裏棒樋下に梵字二箇を見事に彫る。生ぶ中心。先栗尻、鑢目勝手下り。
表棟寄りに小さく「備州長船倫光」とあり、光の字やや朽込んで不鮮明、裏に「貞治五年二月日」と年紀がある。

この太刀は備前長船兼光の門と伝える倫光の傑作で、野太刀又は背負太刀と呼ばれるこのような長大な太刀が南北朝期に流行したが、この作に見るような健全で雄大なものは稀有で、大太刀としては日本一と目されている。

附属する野太刀拵は室町期を下らず、鉄鋼をつけ、金具は、鏝は後補であるが、他は山金を用い、制作も優れ、柄は目貫を下にして錦で包み、平巻を施している。鞘は元来は黒漆であったものを後に朱塗に塗り替えたものである。伝来の由緒は不詳であるが、中世、関東豪族の寄進にかかるものと思われる。