【下野国男体山頂出土品 その他伴出物一切】
(しもつけのくになんたいさんちょうしゅつどひん そのたはんしゅつぶついっさい)


●指定年月日

昭和28年11月14日指定

●所在地

日光市中宮祠

●アクセス方法

 

●公開状況

公開(有料)
一部は日光二荒山神社宝物館、東京国立博物館で展示

●所有者又は管理者

二荒山神社

●公開画像

●文化財概要

 日光男体山は古来二荒山神社の神体山として尊ばれ、また、奈良時代末勝道上人によって、開山されて、特に修験者の霊場とされてきた。山の験者による山嶽修行は当然山の神への信仰とも結びつき、神を祈り仏を念じ、その祈願成就の御礼参りが行われるとともに、仏式の修法もまたなされた。
 標高2486メートルの男体山頂にある二荒山神社奥宮の西方100メートル附近が遺跡である。
 大正13年に発掘調査が行われていたが、昭和34年再度の発掘調査により、奈良時代より江戸時代にわたる多彩な種類と3000点にのぼる莫大な数量の遺物が出土した。
 その主なるものは、仏具類・銅鏡・銅印・古銭・武具・農工具・土器・陶器類等で、塔形合子は、正倉院御物中に類品のあるものである。また、銅印はこの種の霊地的な性格をもつ祭祀遺跡からの発見は初めてで、極めて特殊なものであり、これら多数の出土品は男体山にまつわる信仰上の一連の遺物として貴重である。