【下野薬師寺跡】
(しもつけやくしじあと)


●指定年月日

大正10年3月3日指定

●所在地

下野市薬師寺

●アクセス方法

JR自治医大駅から車で5分

●公開状況

 

●所有者又は管理者

下野市

●公開画像

●文化財概要

 下野薬師寺は日本に仏教が伝来されて間もないころ建立された寺院で、その名が地名の大字薬師寺となって今日に継承されています。
 奈良時代に入り、下野薬師寺には戒壇(正式に僧侶と認められるための授戒が行われる施設)が置かれました。当時、戒壇は下野薬師寺を含めて三つしか存在せず、東大寺(奈良県)、筑紫観世音寺(福岡県)とともに「本朝三戒壇」と称され、隆盛を誇りました。
 また、弓削道鏡が別当として配流された寺でもあり、近くには道鏡塚や孝謙天皇神社等、縁の文化財があります。
 現在、旧南河内町(現下野市)によって基壇の表示や回廊の一部復元がなされており、史跡の南西隣接地に下野薬師寺歴史館というガイダンス施設も設置されております。