【吾妻古墳】
(あづまこふん)


●指定年月日

昭和45年7月22日指定

●所在地

栃木市大光寺町吾妻  下都賀郡壬生町藤井吾妻原

●アクセス方法

 

●公開状況

公開

●所有者又は管理者

個人所有

●公開画像

●文化財概要

 保存状態は大変良く、栃木県地方における古墳時代後期の代表的古墳である。江戸時代末に壬生藩主であった鳥居氏が庭石にするため石室を開口し、玄門や天井石を持ち出したと言われており、それらは現在、壬生町歴史民俗資料館(壬生城跡の一角)の庭に置かれている。
 墳丘第一段と第二段の形状が異なっており、相似形にならない。墳丘第一段は幅広く、平面形が東西で異なり、左右非対称となっている。墳丘第二段は後円部径と前方部幅がほぼ同じであった。
 平成19〜22年度にかけて発掘調査が行われ、全長は127.85mで県内最大の古墳と判明した。周堀は現在でも明瞭に視認できるが、覆土からは平安時代(1108年)の浅間山噴火に由来する浅間B軽石の堆積を確認できたので、現在まで埋没が進まなかったことも判明した。
 主体部は前方部のみで、石室は奥壁や側壁を硬質な緑色岩の一枚石で構成し、玄門のみ凝灰岩の切石で作られていた。玄室前面の側壁は川原石小口積みであり、羨門は凝灰岩で作られていた事も判明した。
 主体部前面の攪乱土中から桂甲小札や金銅製品、それ以外にも形象埴輪や円筒埴輪が出土している。これらから築造年代は6世紀後葉と推測される。