【短刀 銘 日州住信濃守國廣作】
(たんとう めい にっしゅうじゅうしなののかみくにひろさく)


●指定年月日

昭和12年6月29日指定

●所在地

足利市本城

●アクセス方法

JR足利駅から徒歩約20分

●公開状況

非公開
非公開(不定期に公開)

●所有者又は管理者

足利市民文化財団

●公開画像

●文化財概要

 長さ31.21p 反り0.76p 元幅3.03p 元重0.61p 茎長10.6p 茎反僅か
平造、庵棟、僅かに反りがつき、身幅広く、重ね薄く、寸延びとなる。鍛は板目で、地沸細かにつく。刃文は互の目乱れ、足・葉入り、匂口締まりごころに叢沸つく。帽子乱れ込み先尖りごころに長く返り、棟を焼く。
茎は生ぶ、先刃上りの栗尻、鑪目筋違、目釘孔は一。天正十八年八月(1590)作。
 表銘は「日州住信濃守國廣作」、裏銘は「天正十八年八月日 於野州足利学校打之」とある。刀身の彫刻は、表に杖、裏に『夢香梅里多』の五文字切符、その下に唾布袋(ねむりほてい)の彫刻がある。このため「布袋國廣」ともよばれることがある。
 地刃・彫物ともに優れた出来であることは言うまでもないが、この短刀で注意すべきは銘文である。
 作者である堀川國廣は日向国(現宮崎県)の出身で、伊東氏に仕えていたが、主家滅亡ののち諸国を遊歴し、やがて足利学校に逗留したことはよく知られているが、別に『天正十九年在京の時』の銘文のある短刀と併せ考えて、彼の遊歴最後の年の作であることが判り、資料としても非常に貴重である。『夢香梅里多』は禅語というが明らかでない。國廣の人物彫刻中、達磨の正面向きは極めて少ないのに反し、布袋、あるいは、毘沙門天には正面向きが多い。
 國廣は、他にも足利滞在時に、足利領主であった長尾顕長の求めにより、顕長が所持していた長船長義作の「山姥切」を写した「山姥切国広」を作刀している。