【大内廃寺跡 附 塔法田堂跡】
(おおうちはいじあと つけたり とうほうだどうあと)


●指定年月日

昭和32年6月30日指定

●所在地

真岡市京泉字飯貝

●アクセス方法

 

●公開状況

 

●所有者又は管理者

個人所有

●公開画像

●文化財概要

○大内廃寺跡
 形式 法隆寺式伽藍配置
 ・金堂の規模 東西14.5m、南北12.7m、土壇1.1m、基礎石19個。
 ・塔跡の規模 東西 7.3m、南北 7.3m、土壇1.0m、土壇中央に塔の心礎。
 両者は南面して7mを隔てて配置され、金堂跡は東に位置する。付近からは奈良時代の特徴をもつ文様の瓦が出土する。指定面積はほぼ30aであるが、寺域は南北に相当の広がりをもっている。

○塔法田堂跡(堂法田遺跡)
 昭和40年の発掘調査及びその後の開田工事によって、38基の版築の基壇及び多数の礎石が確認され、古代芳賀郡の郡衙跡と認められるにいたった。
 大内廃寺跡の北600mに位置し、東西約200m、南北約300mの地域を占める。