【日光開山勝道上人誕生地】
(にっこうかいざんしょうどうしょうにんたんじょうのち)


●指定年月日

昭和32年6月30日指定

●所在地

真岡市南高岡卯花

●アクセス方法

真岡鉄道真岡駅下車車で10分〜15分

●公開状況

公開

●所有者又は管理者

仏生寺

●公開画像

●文化財概要

 日光開山の勝道上人(天平7年(735)〜弘仁8年(817))の誕生の地は、現在の仏生寺境内と伝えられる。
 父は、下野国府の官吏である若田高藤介、母は芳賀郡高岡吉田主典の娘明寿、この地で出生したという。幼名藤糸丸、神童の誉れ高く、幼時より仏道を信じ、長じて下野の薬師寺に行き出家し、勝道と号した。
 上人が33歳のとき、日光開山を志し、あらゆる難行苦行の末、男体山の山頂を極めた。この間に、日光二荒山輪王寺等を勧請している。