【宇都宮家の墓所】
(うつのみやけぼしょ)


●指定年月日

昭和42年1月20日指定

●所在地

芳賀郡益子町上大羽

●アクセス方法

真岡鉄道益子駅下車6.2km(タクシー・レンタサイクルあり)

●公開状況

公開

●所有者又は管理者

益子町

●公開画像

●文化財概要

 宇都宮氏の第3代当主であった宇都宮朝綱は、現在の益子町上大羽の地に尾羽寺を創建してまもなく初代(宗円)2代(宗綱)の墓を築き、自らの墓も定めてこの地を宇都宮家の菩提所とする旨を一族郎党に宣言したという。
 初代宗円より33代正綱まで五輪塔29基、石碑3基、墓標1基がある。五輪塔は高さが1mを越える立派なものである。
 慶長2年(1597)10月13日、宇都宮国綱が豊臣秀吉の命令で改易され、宇都宮家が断絶後も墓所は継続し、大羽在住の家臣たちは仕官せず墓を見守り続け、今日に至っている。
 近くには鶴池・亀池と呼ばれる浄土式庭園の残滓と、尾羽寺の阿弥陀堂が地蔵院本堂として残り、墓所とともに往時の面影を伝えている。