【武茂城跡(乾徳寺境内を含む)】
(むもじょうあと(けんとくじけいだいをふくむ))


●指定年月日

平成2年1月26日指定

●所在地

那須郡那珂川町馬頭

●アクセス方法

自家用車・国道293号で旧馬頭町市街地へ。室町交差点から静神社境内を経て現地。バス・JR烏山駅からバス40分馬頭役場前下車徒歩1分

●公開状況

公開
常時公開

●所有者又は管理者

馬頭町

●公開画像

●文化財概要

 武茂城は、鎌倉時代末期の正応永仁のころ(1288〜1299)宇都宮景網の三男武茂泰宗が築造したと伝えられているが、遺構からみて年代は下ると思われる。代々武茂一族の居城であったが、文禄4年(1595)に、佐竹氏の命により武茂氏は常陸国大賀へ移封となり太田五郎左衛門景資が入封した。
 慶長5年(1600)の関が原の戦いで東軍につかなかった佐竹氏は、慶長7年に秋田へ移封になり、太田氏も同行して武茂城は廃城となった。
 現状は大半が山林で、武茂氏の菩提寺である乾徳寺を中心に寺を囲むように東西の山に位置し、西域は馬頭小学校西側の応神沢を境とし、東域は中央保育所の裏山を境にして、面積は約4haに及ぶ。西域は、古くから城跡として知られ、帯郭・腰郭・見物台跡・薬研堀・堀切道・土塁・三の丸・二の丸・本丸・天丸櫓跡等が整然としている。東域は城郭としてあまり知られていないが、西域と同様の規模を有する。室町期から戦国時代末期の山城としての形態を良く保っている。