葛生町牧の農民の間に、江戸末期から伝え演じられてきたもので、明治初年、歌舞伎役者関三十郎の一門、関錦昇。関見三十郎、関勝美等の指導を受け、百冊近い台本とともにその芸を伝承してきた。組立式舞台には、既に都市では滅びてしまった江戸時代の旧姿を保つ文久3年(1863)銘のものがあり、純然たる農民による地芝居の一つの様式を示すものとして意義があるとともに、芸風が比較的純度を保っていること、丸本物(義太夫狂言)でない純歌舞伎の演目(例、曽我の対面、切られ与三郎、弁天小僧、お岩稲荷など)を持つことなどが特色とされている。なお、古くから近郷の祭礼等に依頼を受けて出演していた。長い間、連綿として続いてきた歌舞伎も、昭和46年の公演で後継者難等からしばらく途絶えていたが、青年団員を中心とした地元青年たちによって保存会が復活。平成2年10月、地元の人たちの協力により、20数年ぶりに「牧・不動尊境内」において、地元での復活公演を行い、昔の牧歌舞伎がよみがえった。
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