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2019/01/22

「展望」(校長室から)

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  展 望

 

                                                            校長 飯  田  道  彦

 

 「これからも、ずっと見ているよ。」これはこれまで行ってきた特別指導の際、最後に必ず生徒にかけている言葉である。ただし、少し怪訝そうな表情をする者には、「別に悪いところをあら捜しするのではなく、顔と名前も一致したので今後あなたを見かけたら声をかけようと思っているだけだよ。」と付け加えるのだが。

彼らが心の奥に抱えている本当の心情は数回の面談や一片の反省文で全てを汲み取れるとは思えない。それゆえに、今後の生き方を考えていく上でも、特別指導後の学校生活を彼ら自身で良い方向に変えていってほしいという気持ちを、どう伝えていったらいいのか。こちらも通り一遍のお説教だけでいいのか。と考えた時に思い浮かんだやり方である。とは言ってみたものの、実は種を明かせば私のオリジナルではなく、尊敬する先輩の実践をありがたく使わせていただいているだけなのだが…。

することは、取り立てて変わったことではなく、校内で会った時にあいさつを交わしたり、短い声掛けをしたりすることなど日常的なことばかりである。ただ気を付けるのは「眼差し」を向けることだけは必ずすることである。

以前にも書いたように、私はできるだけ自分から生徒に挨拶をすることを、自分で決めたこととして実践しているが、はじめは反応がなかった生徒が最初に出してくる変化は、目線を合わせてくれることである。こういったことからも、念(この場合は、気負いや衒(てら)いのない、真情のあるといった意味になると思うが)を込めた「眼差し」には、なにがしかの力があるということになるのだと思う。それは、かわす者同士の双方の心に瞬時に何かが弾けるインパクトのようなものであったり、心を温め合うエネルギーのようなものであったりするのではないだろうか。

教師と生徒との関係は「教えること」と「学ぶこと」のバランスをどうとるかにかかっていると思う。何かを教え、導くことも非常に大切なことであるが、同時に生徒が自ら気付き、自らの力で学び、そして育つこと(変化すること)を見守ることも大切なことなのではないかと思う。手助けも必要だが、生徒が自力で歩くようになることを見守るために何が必要かと考えた時、先輩は生徒に対する「眼差し」を持つことの大切さに思い至ったのだと思う。私もそれを大切にしていきたい。

ところで、今年度の学悠館高校のビジョンは、「共生のステージ」として「私から私たちへ 共にあるという心」をテーマに進めている。生徒が仲間(教職員や地域の方々も含めて)との関係の中で自分を見つめ、自分を知り、仲間に貢献していく中で共に成長していくことを目指しているが、私自身としては、その入り口としてこれまで述べてきたことを実践してきたことに間違いはなかったと思っている。多くの生徒の心に生えてきた根っこに、これから先はじっくりと土をかけ、肥やしを与えて育てていくことに取り組んでいきたい。

そして、来年度のテーマは、教職員からの提案を生かした「変わる自分、変える未来。チャレンジ学悠館!」に決定した。自分自身を顧みると、生徒や教職員ばかりによりよく変わってほしいと願ってしまっているが、まずは自分が変わるほかに周囲をよりよく変えていくことはできないと思う。全体は自分であり自分は全体である。何ができるか今のところは暗中模索の状態だが、生徒に対する「眼差し」ばかりではなく、自分に対する「眼差し」(この場合は、自戒を込めた「目配り」といった意味になろうか)も大切にしながら自分の使命をはたしていきたいと考えている。

 

※平成31年の年頭に当たり、栃木県高等学校長会「会誌」の原稿をダイジェスト版にして掲載しました。

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