栃木県の古墳 | |
栃木の古墳はどのように移り変わってきたか |
(1)4世紀ごろ
方墳(ほうふん)・前方後方墳(ぜんぽうこうほうふん)の時代
初期のころの栃木の古墳は、四角形と四角形とを組み合わせた「前方後方墳」が多いという特徴をもちます。
主な前方後方墳 | 駒形大塚古墳(こまがたおおつかこふん)〔那珂川町(なかがわまち)〕 那須八幡塚古墳(なすはちまんづかこふん)(那珂川町) 吉田温泉神社古墳(よしだゆぜんじんじゃこふん)(那珂川町) 上侍塚古墳(かみさむらいづかこふん)〔大田原市(おおたわらし)〕 下侍塚古墳(しもさむらいづかこふん)(大田原市) 上根二子塚古墳群(かみねふたごづかこふんぐん)〔市貝町(いちかいまち)〕 茂原愛宕塚古墳(もばらあたごづかこふん)〔宇都宮市(うつのみやし)〕 山王寺大桝塚古墳(さんのうじおおますづかこふん)(栃木市) 松山古墳(まつやまこふん)〔佐野市(さのし)〕 藤本観音山古墳(ふじもとかんのんやまこふん)〔足利市(あしかがし)〕 |
(2)5世紀ごろ
前方後円墳(ぜんぽうこうえんふん)の時代
前方後方墳に代わって、栃木県でも前方後円墳が造られるようになります。
「円筒埴輪(えんとうはにわ)」が古墳の周りに並べられるようになります。
主な古墳 | 前方後円墳 | 笹塚古墳(ささづかこふん)(宇都宮市) 塚山古墳(つかやまこふん)(宇都宮市) 摩利支天塚古墳(まりしてんづかこふん)〔小山市(おやまし)〕 勧農車塚古墳(かんのうくるまづかこふん)(足利市) |
円墳 | 佐野八幡山古墳(さのはちまんやまこふん)(佐野市) |
(3)6世紀ごろ
古墳造りの全盛期
<@>穴をトンネル状に掘る、「横穴式石室(よこあなしきせきしつ)」という方式が主流になり、大きな石を使って石室を造ることが多くなります。いろいろな形の埴輪を古墳の周りに並べるようになります。
主な古墳 | 前方後円墳 | 鷲山古墳(おわしやまこふん)〔下野市(しもつけし)〕 吾妻古墳(あずまこふん)〔栃木市(とちぎし)・壬生町(みぶまち)〕 甲塚古墳(かぶとづかこふん)(下野市) 愛宕塚古墳(あたごづかこふん)(下野市) 愛宕塚古墳(あたごづかこふん)(壬生町) 牛塚古墳(うしづかこふん)(壬生町) 川崎古墳(かわさきこふん)(那珂川町) 天王塚古墳(てんのうづかこふん)〔益子町(ましこまち)〕 中村大塚古墳(なかむらおおつかこふん)〔真岡市(もおかし)〕 |
円墳 | 鶏塚古墳(にわとりづかこふん)(真岡市) 富士山古墳(ふじやまこふん)(壬生町) |
(4)7世紀ごろ
巨大な円墳、やがて小さな方墳へ
前方後円墳は造らなくなり、大きな円墳が主流になり、埴輪は並べられなくなります。
最後は方墳を造るようになり、やがて古墳造りが終わります。
主な古墳 | 円墳 | 桃花原古墳(とうかはらこふん)(壬生町) 車塚古墳(くるまづかこふん)(壬生町) 丸塚古墳(まるづかこふん)(下野市) 下石橋愛宕塚古墳(しもいしばしあたごづかこふん)(下野市) |
方墳 | 多功大塚山古墳(たこうおおつかやまこふん)〔上三川町(かみのかわまち)〕 多功南原1号墳(たこうみなみはらいちごうふん)(上三川町) |