2024年12月の記事一覧

小高生へ(17)

「夢を叶えたKさん」第1回

 「校長室より」のページから、生徒の皆さんへメッセージを送っていきたいと思っています。感想や要望がありましたら、気軽に声をかけてください。

 今回は、私が特別支援学校に教頭として勤務していた時に出会ったある生徒について述べたいと思います(事前に本人の許可を得ております)。ここではKさんと呼ぶことにします。Kさんの言葉や考え方、生き方から、私はいろいろ考えさせられ、教えてもらったことが多かったと感じています。皆さんは、どのように感じるでしょうか。

 Kさんは両足に障がいがあり、特別支援学校の高等部で学んでいました。両足に装具を着け、歩行を補助するためのクラッチという杖を両手に持って、学校に通学していました。彼女は大学進学を目指し、中学校の英語の先生になりたいという夢をもっていました。私は、Kさんが高等部3年生(高等学校の3年生に相当します)の時に、国語の授業を担当していました。
 Kさんは、大学の入学試験と併せて、ある職場の就職試験も受験していました。彼女の第一希望は大学進学でしたが、進路選択に幅をもたせるために就職試験もひとつ受けていたのです。就職試験は、第一次試験(教養試験)に受かって、第二次試験(作文、面接等)を受けることとなりました。第二次試験の前に、私はKさんに面接指導をしました。面接の練習時に、おそらく障がいについても質問されるだろうと考えた私は、障がいに関する二つの質問をKさんに投げかけました。
 ひとつは、「あなたは自分の障がいとどのように向き合ってきましたか?」、もうひとつは、「もし働くことになったら、どんなことに配慮してほしいですか?」という質問です。
 果たして、Kさんからはどんな答えが返ってきたでしょうか。

 最初の質問に対してKさんは、「私は自分の障がいをマイナスだと思ったことはありません。障がいがあったから、いろいろなことを感じたり考えたりすることができました。今の自分の存在は、障がいと切り離せないものだと思います。」と答えました。

 私は、何と言っていいかわからない感情にとらわれました。そして、ドイツの哲学者ニーチェが著書『ツァラトゥストラはこう語った』の中で、主人公ツァラトゥストラ(架空の哲人)と障がいのある男との会話を描いていたことを思い出しました。男はツァラトゥストラに対して、自分の障がいを取り除いてくれと言うのですが、ツァラトゥストラは、それはあなたの精神(こころ)を変えてしまうことだからできないと答えるのです。私はこれを読んだ時、障がいはない方がいいはずだと思い、どこか「きれい事」のように感じてしまいました。しかし、Kさんの答えはニーチェがツァラトゥストラを通じて語った思想そのものではないでしょうか。
 Kさんは毎日、市バスを使って通学していました。バスの乗降も、バス停から学校まで歩いてくるのも、足に障がいのあるKさんには大変なことだったと思います。それだけでなく、日常生活の様々な場面で不自由なことがあったはずです。それでも、Kさんはきっぱりと言うのです。自分にとって、障がいはマイナスではないと。
 私は、目の前にいるKさんの内面的な「強さと深さ」に打たれました。超人哲学を説いたニーチェにも相当する「人生における真実」を、Kさんは自らのものとしていたのです。この時のことを、私は生涯忘れることはないだろうと思います。

 もうひとつの質問に対する答えは・・・、次回に記します。