校長室便り

【高1】古典の授業見学(松浦先生)

5月13日(木)3限目、高校1年1組の「古典」の授業(松浦先生)を見学しました。
松浦先生の授業見学は今年度2度目ですが、ふらっと通りかかったときに、なんか面白そうなことをやっていそうな雰囲気を感じましたので、授業の一部を見学しました。

生徒たちは、立って何かを読んでいます。

中間テストが近づいているので、これまでの復習の要素があるそうですが、単元は、宇治拾遺物語の「児(ちご)のそら寝」と「検非違使忠明(けびいしただあきら)のこと」でした。
松浦先生は、本文を朗読することを重視しているようです。朗読の仕方には、いくつかのパターンがありました。

まずは、ペアになっている生徒同士で、お互いの朗読を聞き合います。


次に、一文または文章の区切りで、読み手がリレーしていき、全員で2つの物語を朗読します。


最後のパターンは、まず全員が立って朗読し、終わったら着席する、というものです。

これらの朗読を聞いていて、不思議に思ったことがありました。
個人的には、朗読すること自体、生徒はそんなに興味あるのかな、という思い込みが正直ありました。しかし、見てると、生徒はかなり本気で読んでいて、やらされて仕方なく読んでいる、という感じではありません。また、以前に、中1の詩の授業を見学した際、朗読することが詩の内容を理解する上でも、重要な意味を持っていたことを思い出しました。

そこまで考えて、生徒たちは、物語の意味や作者の思いを知ることで、それを伝えるにはどんな読み方をすればいいのか、ということまで意識しながら、読んでいたのではないかと思いました。だとすれば、それだけ深い理解に達していることになります。

それによって、生徒が朗読するという行為自体も、「主体的で対話的な深い学び」につながっていく可能性があります。朗読も作者との対話、という部分があるのかもしれません。非常に素晴らしい取り組みだと思います。

次に、「児のそら寝」の文章の中から、動詞を抜き出す作業を行いました。


自分で選んだ「動詞」をペアで確認し合います。


続いて、指名されたペアが黒板に書き込みます。


最後は、松浦先生が間違いやすいポイントを解説しました。


こうした一連の作業にも、授業者の意図や生徒のチャレンジ精神が感じられました。