2025年7月の記事一覧
【校長ブログ】BUSHIDO ~The Soul of Japan ~(図書館の本紹介)
平成19年(2007年)まで、五千円札の肖像として採用されていた人物は誰でしょうか。皆さんはご存じでしょうか。
さて、本書は簡潔に申し上げれば、今からおよそ120年前、文明の先進国とされた欧米諸国において、日本が発展途上の国として軽視され、正しく理解されていなかったことを憂いた新渡戸稲造が、日本人の精神的基盤を外国人に正確に伝えるべく、英語で著したものです。
『Bushido』は1900年にアメリカで出版されるや否や、瞬く間に30か国以上で翻訳・出版され、世界的なベストセラーとなりました。そして、1908年(明治41年)になってようやく、日本においても逆輸入という形で和訳版が刊行されました。
本書の読者には著名な人物も多く、当時のアメリカ大統領セオドア・ルーズベルト(テディ・ベアの由来としても知られる)もその一人であり、日本人の精神を理解しようと本書を読み、大いに感銘を受けたと伝えられています。彼はその感動を周囲と分かち合うべく、自らの子どもたちや友人たちに本書を配布したとも言われています。
1905年、日露戦争の最中、ハーバード大学の同窓であった金子堅太郎(伊藤博文初代内閣総理大臣の秘書官)から講和の仲介を依頼されたルーズベルトは、「あの崇高なる精神を持つ国であれば、微力ながら協力したい」と快諾したとされております(もちろん、アメリカ側の国益も背景にあったことは否めません)。なお、当時の日本は極めて厳しい状況にあり、あと1か月戦争が続いていれば敗北していた可能性が高いという説もあります。
「武士道」という言葉から、『葉隠』(佐賀鍋島藩士・山本常朝口述)の「武士道とは死ぬことと見つけたり」という一節を思い浮かべる方もおられるかもしれませんが、本書『Bushido』はまったく異なる趣旨の書物です。
両者に共通して誤解されがちなのは、「死」に対する極端な美学を称揚しているという点ですが、実際にはそうではありません。『葉隠』は、武士としての謙虚な心構えを説いており、一方の『Bushido』において新渡戸が強調しているのは、「ノブレス・オブリージュ(Noblesse oblige)」すなわち「高き身分に伴う義務」です。
これは、社会や国家を支える立場にある者が果たすべき責任と精神性を意味し、その根底には「仁」「義」「礼」といった徳目、すなわち正義を貫く心、卑怯を恥じる精神、他者を尊重し思いやる態度があります。新渡戸は、こうした精神が学校教育によってではなく、自然と日本人の間に受け継がれてきたことに着目し、歴史的事例や物語を引用しながら、外国人にも理解しやすい形で記述しています(ただし、英語の表現は高度であり、日本人にとってはやや難解であることも否めません)。
話題は変わりますが、皆さんが生まれる以前に大ヒットした映画『タイタニック』(主演:レオナルド・ディカプリオ)をご覧になったことはありますか。前半では、船首でヒロインが両手を広げて「Jack, I'm flying!」と叫ぶ甘美なシーンが印象的ですが、後半では氷山との衝突により沈没する船内で、限られた救命ボートを巡って混乱が生じる様子が描かれます。
しかし、実際の史実はやや異なるようです。スイス通信によれば、スイスとオーストラリアの研究チームが1912年のタイタニック号沈没事故を調査した結果、衝突から約3時間にわたり、「女性と子どもを優先する」という慣習が守られていたことが明らかになりました。
生存者の多くは女性であり、犠牲となった男性の多くは、紳士的な態度を貫いたとされます。証言によれば、泣き叫ぶ子どもや妻に対し、「心配するな、パパは後から行くから」と手を振って見送る男性が多く見られたとのことです。すなわち、わずか100年前の欧米社会においても、ノブレス・オブリージュの精神が最後まで貫かれていたことがうかがえます。それはまさに、同時代の日本人が「武士道」という暗黙の掟を守り続けていた姿と重なります。
最後に、本書『Bushido』は、今すぐに読むべき書物ではないかもしれません。しかし、皆さんもいずれは(望むと望まざるとにかかわらず)中高年となり、職場や社会においてリーダーとしての責務を担う日が訪れることでしょう。
「読むべき人が、読むべき時に、読むべき本」があるとすれば、本書もまた、その一冊であると言えるでしょう。