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校長室より(New!)
金木犀と銀木犀 ~「ひむがし」より~
金木犀と銀木犀 若杉 俊明
十月のあるよく晴れた日の朝、出勤すると、校庭が芳しい香りに満ちていることに気付いた。毎年この季節になると必ずどこかで巡り会うあの香りである。そのお陰で、校域全体が明るさを増しているようにも感じる。
香りの主はすぐにわかった。本校の中庭の池のはたに立つ金木犀である。その堂々とした姿は、校長室からよく見える。まだ咲きはじめの黄金色の小さな花の群れが、つややかな常緑の広葉を背に黄金色に光っている。
もし我々人類(ホモサピエンス)が、視覚優位の生物ではなく嗅覚優位の生物だったとしたら、日本人はおそらくこの季節に、この花の下で花見(花嗅ぎ?)の宴を開くであろう。
金木犀は香る花の王である。
数日の後、花は満開となったが、香りはむしろ「残り香」とでも言った方が良いくらいのかすかなものになっていた。金木犀は、咲きはじめに最も強く香るのかもしれない。
しかし一方でその小さな花々は、いよいよ葉の緑とのコントラストを鮮明にして、秋の日差しを受けて生き生きと輝き続けていた。
そして十一月の小雨降る日の夕方、学校から帰ろうとすると、暗がりの中からかすかに甘やかな香りがする。金木犀に似ているが、もっと葛の花などに近い、まろやかな香りである。どこか味覚を刺激されるかのような独特の香りに心惹かれた。
夏から秋にかけて咲く葛であるはずはない。何の花の香りなのだろう。
水銀灯の光を頼りに周囲を見回してみたが、それらしい樹は見当たらない。翌朝探索することにしてあきらめて帰宅の途についた。
翌朝出勤すると、玄関のすぐ脇に、小さな白い花を無数に付けた樹が立っている。これだけの大樹でありながら今まで気にしたこともなく、これだけ花が開いた後でも今日までその開花に気付くことは無かった樹である。
昨日の香りの主はこれではないかと思ったが、近づいてみても昨日ほどの香りを感じない。人間は視覚が制限される闇の中でないと嗅覚が鋭敏にらないためだろうか。それほどのかすかな香りだったのであろう。
私は、周囲の人目をはばかりながら、一枝手折ってみた。鼻先に近づけてみるとまさに昨晩のあの香りである。
その枝を図鑑と照らし合わせてみると、銀木犀であろうと思われる。一部の葉の周囲に柊(ヒイラギ)のような突起が付いているところからすれば同じモクセイ科の柊木犀、あるいは丸葉柊かもしれない。葉の色は黒ずんだ緑であり、柊や金木犀のような光沢を有していない。花だけではなく、葉も地味なのである。おそらく実を付けたとしても、その実は、クリスマスに飾られる柊の実のような鮮やかな朱などは含んでいないように想像された。
しばらく観察を続けてみようと思い、ガラス瓶を探して手折った枝を活けてみた。顔を近づけて初めて感じる程度のかすかな香りは、その後もしばらく失われなかった。
そして、数日後のある霧深い日の帰宅時である。玄関脇の銀木犀は、数日前と同じくらいにかすかに、しかし甘やかに、周囲の暗がりの中へとその香りを広げていた。
金木犀のような在り方もある。
銀木犀のような在り方もある。
(宇都宮東高等学校・同附属中学校生徒会誌『ひむがし』より)
金木犀
銀木犀(柊木犀、もしくは丸葉柊か)