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中学校日誌
附属中保健だよりR4(4月)
令和4年度入学式
令和4年度 附属中・全日制・定時制合同入学式が行われました
令和4年4月7日(木)に、矢板東高等学校全日制・定時制・附属中学校の入学式が行われました。
全日制153名、定時制5名、附属中学校70名の合計228名が入学しました。
杣 保男校長の式辞では本校の教育目標である「高い志を抱き、次代を力強く担うリーダーの育成」と4つの生徒指標「至誠礼譲」「和敬親愛」「進取究明」「自主創造」、そして教育の指針「文武両道」「授業第一主義」について説明がありました。
さらに、新入生の皆さんには「頭と心と体を鍛えてほしい」「自分、家族、友人を大切にしてほしい」というお願いがありました。
最後に、附属中・全日制・定時制の代表生徒が立派な宣誓を行い、矢東高・附属中らしい厳粛ながらも和やかな入学式を挙行することができました。



令和4年4月7日(木)に、矢板東高等学校全日制・定時制・附属中学校の入学式が行われました。
全日制153名、定時制5名、附属中学校70名の合計228名が入学しました。
杣 保男校長の式辞では本校の教育目標である「高い志を抱き、次代を力強く担うリーダーの育成」と4つの生徒指標「至誠礼譲」「和敬親愛」「進取究明」「自主創造」、そして教育の指針「文武両道」「授業第一主義」について説明がありました。
さらに、新入生の皆さんには「頭と心と体を鍛えてほしい」「自分、家族、友人を大切にしてほしい」というお願いがありました。
最後に、附属中・全日制・定時制の代表生徒が立派な宣誓を行い、矢東高・附属中らしい厳粛ながらも和やかな入学式を挙行することができました。
伝統文化教室
伝統文化教室を実施しました!
延期になっていた伝統文化教室(茶道)を実施しました。感染対策を行いながらの実施となりましたが、茶道コースの生徒がお手前を披露したり、2年生では一人ひとりがお茶を点てるなど有意義な時間になりました。教室を通して茶道や日本の良さを感じられる時間になりました。



延期になっていた伝統文化教室(茶道)を実施しました。感染対策を行いながらの実施となりましたが、茶道コースの生徒がお手前を披露したり、2年生では一人ひとりがお茶を点てるなど有意義な時間になりました。教室を通して茶道や日本の良さを感じられる時間になりました。
附属中学校卒業式
~附属中学校卒業式~
3月15日(火)に令和3年度矢板東高等学校附属中学校の卒業式が行われました。
今年で8回目の卒業式になり、70名の生徒が本校を巣立っていきました。
卒業生一人一人に卒業証書が授与された後、杣保男校長からの式辞では、以下のことを述べられました。
「中学校を卒業すると同時に九年間の義務教育が終了し、これからは『義務』ではなく、『自分の意志』で学んでいくことになる。四月からの高校生活には、これまで以上に『自主自立』そして主体性が求められる。これからも、高い志を抱きながら、その時々の目標を立て、精進してください。」
また、東京オリンピックのソフトボールで金メダルを獲得した上野由岐子選手が語っていた「オリンピックで金メダルを取るということを中学校の時に思い、ずっとそれを夢見ることでここまで来た。オリンピックという存在があったから今の自分があると思う。」「今の自分がこうやっていられるのは、自分だけの力でなく、本当に周りの人がいて、自分がこうしている環境にすごく感謝しないといけない思う。」という2つの話から、「皆さんもぜひこの機会に夢、目標を持ってください。夢はたゆまぬ努力によって実現するものです。そして皆さんが今日の卒業式を迎えるのは、家族、友人、先生方をはじめ様々な人の支えや応援があったからです。そうした人たちの期待に応えるべく夢の実現に向けて一歩踏み出してください。」と励ましの言葉がありました。
その後、来賓の方々から祝辞をいただきました。そして、在校生代表からの送辞、卒業生代表からの答辞では、卒業生・在校生が互いに別れを惜しみました。
今年の卒業式も、新型コロナウィルス感染症への対応のため、規模を縮小した式となりましたが、心のこもった素晴らしい卒業式を実施することができました。
御尽力いただきました皆様、本当にありがとうございました。
最後に、卒業生のみなさん、卒業おめでとうございます。高等学校進学後も、夢に向かって頑張ってください。
高校生による進路講話
~高校生による進路講話~
2月22日(火)に2年生・3年生が高校生による進路講話を行いました。大学に合格が内定している高校生を講師として迎えて、高校生活や学習についての体験談、進路決定までの過程の話を聞きました。高校生からは、勉強をする習慣を身に付けることの大切さ、計画性と継続力、すき間時間を上手く活用すること、夢を口に出すこと、読書の大切さ、勉強方法(中学時代、高校と中学の勉強の違い)、周りで支えてくれている人たちへの感謝など、経験からくるたくさんのアドバイスを中学生にしていただきました。
性に関する授業
性に関する授業を実施しました!
12月3日(金)5・6限の時間に助産師の手塚早苗先生をお招きし、性に関する授業を実施しました。2年生は「生命誕生」、3年生は「性感染症」を中心に男女のつき合い方やジェンダーについても学びました。生徒たちは、命の大切さや周りで支えてくれた家族への感謝を感じていたようです。


12月3日(金)5・6限の時間に助産師の手塚早苗先生をお招きし、性に関する授業を実施しました。2年生は「生命誕生」、3年生は「性感染症」を中心に男女のつき合い方やジェンダーについても学びました。生徒たちは、命の大切さや周りで支えてくれた家族への感謝を感じていたようです。
3学年修学旅行3日目②
~3学年修学旅行3日目②~
〇『松島』に到着し、はじめに遊覧船に乗りました。第三仁王丸を借り切って、1週17㎞、50分の島巡りです。





〇昼食は松島観光物産館で『牛タン』御膳をいただきました。修学旅行最後の食事でしたが、最後の最後まで豪華な食事でみんな満足していただきました。


〇食事の後は松島散策の時間でした。各グループごとに名所巡りをしたり、お土産を買ったりして楽しみました。以下の写真は慈覚大師円仁が開創し、伊達政宗によって伊達家の菩提寺として復興された『瑞巌寺』の様子です。

〇14:00に全員無事にバスに集合し、『松島』を出発することがでしました。生徒の皆さんの落ち着いた行動のおかげで、楽しく有意義な修学旅行となりました。
たくさんの思い出を胸に、学校へと向かっています。
〇『松島』に到着し、はじめに遊覧船に乗りました。第三仁王丸を借り切って、1週17㎞、50分の島巡りです。
〇昼食は松島観光物産館で『牛タン』御膳をいただきました。修学旅行最後の食事でしたが、最後の最後まで豪華な食事でみんな満足していただきました。
〇食事の後は松島散策の時間でした。各グループごとに名所巡りをしたり、お土産を買ったりして楽しみました。以下の写真は慈覚大師円仁が開創し、伊達政宗によって伊達家の菩提寺として復興された『瑞巌寺』の様子です。
〇14:00に全員無事にバスに集合し、『松島』を出発することがでしました。生徒の皆さんの落ち着いた行動のおかげで、楽しく有意義な修学旅行となりました。
たくさんの思い出を胸に、学校へと向かっています。
3学年修学旅行3日目①
~3学年修学旅行3日目①~
〇修学旅行3日目、今日も最高のお天気で朝を迎えました。生徒たちは全員元気に朝食を食べ『松島』に向けて出発しました。
ホテル『きよ水』のスタッフの皆さんのおもてなしに感謝・感激でした。お世話になりました。


〇修学旅行3日目、今日も最高のお天気で朝を迎えました。生徒たちは全員元気に朝食を食べ『松島』に向けて出発しました。
ホテル『きよ水』のスタッフの皆さんのおもてなしに感謝・感激でした。お世話になりました。
3学年修学旅行2日目③
~3学年修学旅行2日目③~
〇修学旅行の2日目も、全員元気に過ごすことができました。心配された雨が降ることもなく、1日晴天の下『青葉城』『中尊寺』『毛越寺』を楽しみました。
今日の夕食も、写真のような豪華な献立でした。生徒たちは、今日は緊張から解けて笑顔でいただいていました。
この後は、見学の記録をまとめた後、温泉に入って就寝です。明日の『松島』に向けて、ゆっくり休みましょう。


〇修学旅行の2日目も、全員元気に過ごすことができました。心配された雨が降ることもなく、1日晴天の下『青葉城』『中尊寺』『毛越寺』を楽しみました。
今日の夕食も、写真のような豪華な献立でした。生徒たちは、今日は緊張から解けて笑顔でいただいていました。
この後は、見学の記録をまとめた後、温泉に入って就寝です。明日の『松島』に向けて、ゆっくり休みましょう。
3学年修学旅行2日目②
~3学年修学旅行2日目②~
〇今日の昼食は中尊寺の麓で『米沢牛』と『おそば』でした。とてもおいしいお肉でした。

〇午後は岩手県平泉の『中尊寺』を見学しました。平泉の歴史を学び『金色堂』の輝きに感動しました。


〇中尊寺に続き『毛越寺』を見学しました。慈覚大師(じかくだいし)が開山したとされていますが、慈覚大師は栃木県下都賀郡の壬生氏の次男として生まれた人だそうです。栃木とのつながりを感じたひとときでした。

〇今日の昼食は中尊寺の麓で『米沢牛』と『おそば』でした。とてもおいしいお肉でした。
〇午後は岩手県平泉の『中尊寺』を見学しました。平泉の歴史を学び『金色堂』の輝きに感動しました。
〇中尊寺に続き『毛越寺』を見学しました。慈覚大師(じかくだいし)が開山したとされていますが、慈覚大師は栃木県下都賀郡の壬生氏の次男として生まれた人だそうです。栃木とのつながりを感じたひとときでした。